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あれからずっと大航海時代やっとります。
金曜夜から大海戦でイスパニアvsポルトガルの海戦があるんですけど、人数の少ないイスパニアが一方的に負けつづけています。私は今日のやつから初めて参加したんですが、スキルもへったくれも無いんで、多分無茶苦茶邪魔者だったと思います。
初めてやってみた感想は戦場がかなり広いので、陽動作戦とか包囲殲滅とかやり方によってはできるかなって感じ。でも、味方同士の連絡、特に座標とかで援軍plzとか言われてもどこかわからねぇし。なんとかしてこの辺のシステムがよくなれば結構高度な作戦とかできるもしれない。しばらくはSSのようなイスパニアの旗艦をみんなでよってたかって叩きのめすって感じの数のみの勝負でしょうけど。dai1

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今回のチラシの裏はかなり長いです。

あれから以前書いた当時のMLのログとかベガでも5人位しか知らない以前の私のHPの文章を見てきました。
コの字型陣形を採用してから1週間後位に他の鯖の防衛を一通り見てきましたが、ちゃんとしたコの字型を採用しているクランは無かったと当時のMLに書いてありましたし、のきなみ城が放棄状態になっていた鯖もあったようです。
そういう中で一応ポットディレイに対しての答えを素早く出すことができた、と言うのはそれなりに良かったんではなかったと思います。(陣形そのものは実はKuzunohaが発祥だったのは後に知りましたが)

そしてその後の話。つーても、ケント落城したときは既に抜けた後だからその時のはシラネ。
ぶっちゃけ、最初の数回の防衛は文字通り笑いが止まらん位らくちんでした。しかしながら、B2Sが普及してくるとエルフ(B2S)→WIZ(H-A)の組み合わせを攻め側が使用してくるようになってからは、決していつも楽な防衛ではなくなりました。さらに壁を抜かれるようなきつい防衛は特定の攻め手の時くらいでしたが。
一番の敵はむしろ味方で、人の集まりが悪いとか以下のようなことが起こったりとかでした。

とあるクランに攻められてちょっと抜かれた時、

ナイトの壁に穴が開く→敵ナイトが抜ける→それを追っかける防衛ないとさま_| ̄|○

この組み合わせが結構あって、今だから言うけど、
とにかく言うこと聞いてくれない人が何人か居たのが正直疲れました(´д`;)

あと、私がクラン抜ける直前に来た攻めは正直負けたと思いました。
もう10分あれば間違いなく落とされていたでしょう。どういうわけか進入してきた人達は帰還PK&パイン振りばかりしていたおかげで助かったような気がしなくもないですが-.-;

そしてコの字型防衛陣形への攻め方のポイントですが、前回も少し触れましたが

壁ナイトの一番右奥を集中攻撃。

この1点のみです。当時のメールのログを見た感じでは、この陣形を使用した当初から実は私自身もそれなりに危惧していたみたいです。おかげでこの攻めできた時はオレンジPOTなんぞではもう間に合わなくなりました。まぁ、本当に「これ」が出来ていたクランはベガでは私が知る限り1つか2つしか存在していませんが。

それに対して打った私の対抗策。
当時は血盟連合なんぞなかったので、WIZ20人以上集めてH-Aとか後にどこかのクランがやったような事はできません。ヘルプはみな他クラン所属です。この人たちが戦争時間中、なんらかの都合でリスタートしたり帰還してしまうことになったときには一旦とある地点に集合してある程度数が集まってからちゃんとPT組んだ上で前もってブックマークされているケントの城外の北と南から、敵のH-AしているWIZやB2S担当エルフを狙う。ということをしてもらいました。
実際2、3回位は結構決まって敵を撤退まで追い込むというシチュエーションもありましたが、やがて専用の防衛が付くようになってからは余り効果的ではなくなりました。

あと、弓の火力を増加させるために、コの字の正面だけではなく、左右にも弓兵を配置したりもしました。効果は余りわかりませんでしたが、見学の絶好のポジションだったので戦争初心者に対する教育にとってはいい場所だったみたいです。

他にも色々手は打っていましたが、10月に入った頃になると、クラン員も古参の人がかなり減ってきて、戦争スキル自体、私も含めて微妙な状態になってきたせいもあって打つ手が無くなってました。そんなわけでクランの人には「次ぎ来たら絶対負けるよ」という注意というより、警告を毎回の防衛戦時にしていました。

さらに、この頃になると私自身がケントを放棄したくてたまらなかったです。2日に1回、半年も防衛すれば、他所のクランでも簡単には抜けない記録にはなっただろうし、スタートダッシュしてケント長期保持を目指しながら血盟間の外交に疲れてしまってクランを解散させてしまったなゆねこさんへの義理も果たしたかなって。。。
それに何より私が2日に1回の防衛に疲れ果ててしまったのと(そのうちの2ヶ月以上はギランとあわせて毎日防衛だったし)、当時ようやくLv50になってLv上げに興味が移ってしまっていたのもあったと思う。
(ちなみにベガでほぼ完全に2日に1回の戦争時間帯に縛られながら最初にLv50達成したのは戦争普及委員会のナイトな人。ヘルプとか休まずに来てよく上げたと思います。2番目は多分私じゃないかと密かに自負してますが、この話を誰かにしたら、あんたはベガ初のWISタイプナイトのLv50だろ、って言われましたorz)

そんなわけで辞める直前位になると、上記のようなことをある程度クランの人にぶちまけたけど、半分以上の人は私の言っていることが全く理解できていないようで、なんかもう私の居場所はもう無いかなって気がして結局クランを去りました。

そしたら私が懸念したとおり、次の攻めが来た時に落城。
戦争自体がプロバイダの調子が悪くてほとんど切断されっぱなしだったので1時間ほどして少し安定してから繋いだら既に落ちていたし。
あとで聞いたら、私が抜けた後にもクラン員が何人かさらに抜けてしまっていたみたいです。さらに落ちたその日は攻めがあるのを知りながらクラン員をちゃんとJOINとかさえしてなかったようで、その話を聞いて正直かなり脱力しました_| ̄|○
つーか、あの勝手に記者クラブでインタビューされていたエルフは結局誰だったんだろ(´д`;)
私が抜けてしまった後のことだけど、負けても良いもんみたいなふうに取れるコメントでかなり頭に来たんだが。

あれ?なんか陣形の話とは全然関係ない話になっちまった。

話を元に戻します。

ちなみに、この陣形で一番上手くいったときは指揮官が攻撃と指揮を同時に取れると言うシチュエーションなのですが、これをベガで出来た人は私の知る限り、今までに多分Legendsの彼、一人しか居ないです。その点をあとで彼に聞いたらこういう細かい事に気づく人は少ないんだよなぁと誉められたんだか、愚痴ったんだったわけのわからんコメントされましたけど。
立つ位置、ターゲット指示のタイミング(単にチャットが早いだけじゃ駄目)とか陣形再編の手腕も絶妙で今のところ彼以上の防衛に関する戦術指揮官はまだお目にかかったことがありません。

結局、ケントを半年以上防衛してみて思ったんですが、当時は陣形って非常に大事なんですが運営する人によって、全然変わっちまうって言うのを見てきた気がします。

リネなんかだけではなく、何事についてもそうですが、いくら良いシステムを取り入れても運用する人次第で本質は決まると言う、ということですな。

というわけで、昔話はおしまい。長いチラシの裏につきあってくれてありがとう。では。

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